連日の様に各地で雨の被害の報道が続く中、

オジサンはと言うと・・・
暇を見つけてはせっせと旧東海道ジョギング巡りに精出しております。
ジモトピープルの助けも借りながら目的の場所を探索するオリエンテーリング的な楽しさに、その土地ならではの景観や味覚に新たな発見・・・
時に道迷い(笑)や犬に吠えられたりのヒヤヒヤも含めての刺激も多く、オジサン世代には脳の老化防止にもなっていると思いますよ、知らんけど。
今回は以前から気になっていた白須賀宿(静岡県湖西市白須賀)を探索。
ここは、かつて太平洋を一望出来る東海道屈指の景勝地汐見坂を擁する人気の宿場町として賑わっていたが・・・
宝永4年(1707)の地震・大津波で大半の家が流されたため宿場毎高台に移転した経緯があるんですな。
以降中規模の宿場として復興し、天保14年(1843)には東西約1.5Kmに本陣1軒、脇本陣一軒、旅籠27軒の記録が残っているとの事。

潮(汐)見坂といえば・・・
愛知と静岡の県境にもほど近い全長600m最大勾配20°超の海沿いの激坂で、ジェットコースター感覚で一気に下って行くと、眼前にド~ン!と大迫力の太平洋が迫って来る心拍増加瞳孔開大血圧上昇必至の映えスポットですな。
思わず気分もアゲアゲハイテンション化して、
「海~!」とか、「ヒイ~ハア~ツ!」などと絶叫しながら通過するのが我が家では恒例になっていますな。
ハアハアッ・・・って、つい興奮してしまって済まん済まん。
でもねえ奥さん!
旧東海道の汐見坂って、令和の現代とは違うルートなんですわ。
オジサン知らなんだが、ならばこれまで数多のご先祖様達が愛でて来た本来の景観を眺めてみたいと思った訳ですな。
AM10:20~ 道の駅潮見坂を起点にジョギングスタート!
まずは海岸沿いに延々と続く国道1号線高架下をくぐって海へ。
生温~い汐風を浴びていたら・・・
何だか睡魔も(笑)。

側道伝いに軽めのジョグで体慣らし!
暫く変わり映えしない風景が続き、
もう・・・ちょっと飽きてん。 (-_-;)
などと思い始めたタイミングで、左手に神社の鳥居を見つけて小休憩。
スマホのマップで現在位置を確認していたら・・・
この辺りから旧東海道汐見坂へ続くショートカット通路を発見。
神社の手前にそれらしい草木に覆われた寂しい通路を見つけ、
え~い行ったれ!
勢いで辿っていくと、果たして・・・
潮見坂(国道42号線)の中ほどにある現代の茶店的なあけぼの食堂の辺りに合流。

ここで軽~く腹ごしらえと情報収集も・・・
と思ったら、あろう事か本日休業。(-_-;)
再びマップで本来の汐見坂の場所をチェック。
ええ~と、ここから道なりに少し下って、山側に延びる坂道を登って行くのか?
それらしき道はあるが・・・
こんもりと草木に覆われて、早速の道迷いか?
不安になりかけたタイミングで案内板を発見し、一安心。
振り返ると、
竹藪の向こうに僅かに海も見えてはいるが、浮世絵のイメージからは・・・
まあ良いか(笑)。
期待していた割には特にこれと言った感慨も無いまま(笑)、薄暗くも長~い坂道を喘ぎ喘ぎ登るオジサン。
視界が開け一息ついた所で資料館(御宿白須賀)に到着!
噴き出す汗を拭いながら恐る恐る入館。

無人の館内・・・?
と思ったら、受付奥で管理人とおぼしきオジサンが独り弁当を食べておりました。
「あっ、どうぞごゆっくりご覧下さい。写真もOKですよ!」

貸し切り状態の静かな館内。
妙な緊張感の中、当時の貴重な資料や民族・文化に津波の記録等をじっくり見学。


当時の賑わいを和紙人形とナレーションで再現したジオラマ展示も秀逸で、江戸時代にタイムスリップした感覚になって、ついつい時間を忘れてうっとり眺めておりましたよ。
しかもねえ奥さん!
物価高の令和の現代にあって拝観無料!って、どんだけ太っ腹やねん。
あたしゃもう泣けてきましたよ。
資料館を出て道なりに辿ると、この地の偉人を顕彰する石碑が並び、更にその先に
潮見坂公園跡の石碑・案内板も確認。

何々・・・天正10(1582)年の織田軍の甲州征伐後に、家康がここに茶亭を新築して信長をもてなしたのか?
そう言われると、聞いた事がある様な・・・
えっ、でも待てよ。
天正10年って、本能寺の変の年ではないか?
信長が自害する数十日前にこの場にいたという事か?
更には、明治天皇が行幸の際に初めて太平洋を眺められた所でもある・・・
なんて説明もあるが、事実なら古のスーパースター達が揃い踏みの何気にすごい所ではないか?
とは言え、道端の叢に道標と説明板のみって、文字通りの夏草や兵どもが夢の跡・・・的な。
何気に情報が多くて、あれこれ思索を廻らせている内にいつしか住宅街に突入。
この辺りが(移転後の)白須賀宿か?

お初にお目にかかりますが・・・
たまに車が通過するぐらいで、映画のセットを連想させる閑かで時間も止まったかの様な凛とした空気感ですな。
東海道中膝栗毛の弥次喜多さん辺りがとび出して来そうな。
金尺手(かねんて)と呼ばれる、主要な宿場町などで防衛上や大名行列の鉢合わせを防ぐ目的で意図的にクランク状に整備された道路や火事の延焼を防ぐ為の火防樹も残っていたりで、色々勉強になりました。

隣接する境宿(*白須賀宿の加宿)の手前まで一通り眺めて引き返すついでに、津波で壊滅した元々の白須賀宿のその後も気になって、ちょいと寄り道。
懐かしの汐見坂を下りきった海岸沿いの通りがそうらしいが・・・
想像と違って、通りの両側にびっしり民家が軒を連ね、何事も無かったかのような人々の日常の生活が有りましたよ。
自販機の前で居合わせた軽トラの爺さん達としばし談笑。
その爺さんの勧めで蔵法寺の潮見観音にもお参りして、今回の調査は一段落。

小雨パラパラも有ったりで目まぐるしく変わる天候にはらはらしたが・・・
気分的には、
「世は満足じゃ!その方らに褒美を取らせる。」
バカ殿様的な充実感に浸っておりました。
帰路は再び海に出て、汐風を浴びながら砂浜をジョグ。
この辺りはフカフカの砂質で結構足腰にきますな。(-_-;)
お汁粉濁りの海を眺めつつ、気付けばほぼ貸し切りの砂浜でサザンの「夏をあきらめて」を熱唱しておりましたよ。
客観的にはちょっと恥ずいかも。(笑)
心地良い疲労感の中、懐かしの道の駅が見えて来る頃には、もう次の新居~舞阪宿(浜松市)攻略についてあれこれ思いを巡らせていた様な、いなかった・・・様な?

秀吉公ゆかりの名物勝和餅
も食べて見たかった・・・














































